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オールドモダン時代の名匠の一人、ヴィンチェンツォ・インジェニート作の大判カメオの入荷です。
ヴィンチェンツォ・インジェニート氏は1930年生まれのカメオ職人です。1940年代から80年代ごろにかけてアンティークカメオからモダンカメオへとその様式を変えていくさなかに活躍した名匠のひとりであり、作品に名前を彫ることが一般的ではなかったこの時代にあって、数少ない名前が知られているひとりでもあります。アンティークカメオとモダンカメオは、その手法や構図において全く異なる性質を持っていますが、その移り変わりのさなかに活躍した彫刻家たちはこの2つのカメオの中間といえる、この時期特有のカメオを作りました。師はかの有名なカルロ・パルラーティ氏の実父である珊瑚彫刻家アントニオ・パルラーティ氏で、古い作品ではヴィンチェンツォ・パルラーティ氏の作品とよく似た作品も作っておりました。過去には一度だけ裏にParlatiのサイン(彫りいれられたものではなく酸で書かれたもの)の入った70年代頃の作品も見たことがあり、パルラーティ工房とは長く付き合いがあったようです。また、後年の作品では同じくインジェニート姓の巨匠として知られるパスクアーレ・インジェニート氏の作風や装飾様式と近い雰囲気があり、両者の関係は今のところはっきりしたことがわかっていないものの、何らかの影響を与えたものと思われます。
本作はヴィンチェンツォ氏の作品でも珍しい、”ING”銘ではないフル表記のサインの入ったものです。
上述の通りパルラーティ家で修行を積んだとされるインジェニート氏。現在知られているパルラーティ家の代表といえばカルロ氏であり、同氏はジョヴァンニ・ノト氏の影響を大きく受けずに古典へと立ち返って独自の作風の確立に成功したわけですが、そのパルラーティ家とて全くノト氏の影響を受けなかったわけではありませんでした。といいますのも、当時のパルラーティ家の当主であったアントニオ氏の兄弟でありカルロ氏から見れば叔父にあたるラファエレ・パルラーティ氏がノト氏の弟子であり、その教えをパルラーティ家へと持ち帰っていたからです。その後カルロ氏は先述の通り独自の制作に打ち込みましたが、ラファエレ氏が持ち帰ったモダンカメオの技術はインジェニート氏へと受け継がれました。本作はそれがよく表れている作品で、髪の彫り方や奥の女性の顔つきは、まさにラファエレ氏の作品にそっくりで面白いところ。また、貝の白色層を厚く残したボリュームのある彫りと色の濃淡を制御する繊細かつ丁寧な彫りが画面内で一体となっているのもまたオールドモダンの特色であり、この時代の良作でしか得られない見どころです。全体的に一般的なインジェニート作と比べてはるかによく作りこまれた作品であることが明らかであり、シンプルな線彫りではなくローマ書体のサイン表記にも表れているように同氏の入念の作であることがうかがえます。
貝の質はコーヒー色の地にくっきりとした白色の層のもの。この時代のカメオは良品を作るためには貝の厚みが重要でしたが、かなり分厚い貝で素材からして、もとよりとっておきの作品として取り組んだのでしょう。白色層には2筋のみヘアラインが見えます。位置は手前の女性の顎あたりと肩。イタリアの職人たちの間では白色層の色にはこだわるもののヘアラインは問題とみなさない傾向にある(パルラーティ家は特にその傾向が強かったようである)ので、ここは見逃されたのでしょう。ただ、当ギャラリーでは時価判定に考慮する規定の通りに無傷で考えられる時価より引いて計算しております。褐色層のヘアラインは裏から見て中央上部と0時位置にそれぞれ小さなものが入るのみであり、こちらは健全です。